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2006年05月31日

ついに免許状をGET!!~1次まであと52日(2次87日)~

ようやく教育委員会から免許状が交付されました。実は簡単には手に入りませんでした。教員免許状は、文部科学省が取得に必要な科目を決め、大学がカリキュラムを作り、県の教育委員会が認定します。大学は文科省の基準を上回ったカリキュラムを作るため、大学のローカルルールがあるみたいです。詳しいことは書けませんが、何はともあれ免許状が取れてよかったです。ふう~。

高校の地理歴史と公民(倫理と政治・経済)の2つを取ったのですが、さっそくホームセンターで買った金ピカの額縁に収めました。教員免許状といえども国家資格でしょうから、お国が「高校で社会科を教える能力があるよ~」と証明してくれたと思えば有り難味もあります。
最近、国家資格の重要性を再認識しています。働いているうちに、宅建や社労士、税理士などを取得しておけば良かったと反省。国家資格は一生ものですものね。特に、独占業務の国家資格は人生の強い味方です。

教員免許状の取得の費用は、大学の入学金と授業料で20万円ほど。他に採用試験対策として予備校費30万円、書籍・交通費10万円で総投資額は60万円です。結構、かかります。教育費は大きいですね。しかし、利回りで考えると、教育投資ほど割りの良いものはありません。何かに書籍やセミナーを含めて教育投資は100倍になると書いてありましたが、その通りかもしれませんね。


教員免許状.jpg
これが教員免許状。大きさはB5です。県の教育委員会が認定し、全国で通用するという仕組みになっています。

2006年05月27日

名言18:森村誠一

「青春とは、人生の全方位に向かう行方不明の列車の始発駅に立っているようなものである」

森村誠一(作家)


<今日のひと言>
青春とは可能性であるが故に、その重圧に押し潰されてしまう者も多い。私はその可能性を最大限に活かす先導者になりたい。

2006年05月25日

クロネコヤマトの実践から~都築元社長講演会~

5月22日に高岡商工会議所で行われた都築幹彦(つづき・みきひこ)<ヤマト運輸元社長>の講演会に行ってきました。以前にヤマト運輸元社長の小倉昌男氏の著書を読んだり、プロジェクトXを見たこともあり、都築氏の話を興味深く聞きました。

都築元社長は昭和4年生まれの77歳(!)、銀座生まれの慶応ボーイです。ヤマトの本社が銀座にあったことから、大卒1期生として入社したそう。取締役時代に、小倉社長と組んで宅急便を導入。労働組合との折衝や官庁への運輸免許の申請に携わったそうです。その後、2代目小倉氏の後を継いで昭和62年に社長に。

印象に残ったのは、宅急便を始めるにあたり、既存の法人を全て断ったという話。この頃、ヤマトは業績が悪化していました。どうせ倒産するならと捨て身の作戦を取ったのです。もし、法人との2本柱で行っていたなら、社員の意識改革が進まず、宅急便は失敗していたでしょう。

以前に成功の法則として「退路を断絶する」というのを読みましたが、正にその戦術です。これを数千人の会社で行うのですから、小倉・都築ペア恐るべしです!

都築幹彦氏.jpg
都築幹彦氏

2006年05月24日

自己達成予言を書く!?

世の自己能力開発本にならって、「自己達成予言」を書いて机に張り出してみました。私のは、なかなか力強いですよ~。

「自己達成予言」
私は存在する。私はできる。私はやる。
私は絶対に成し遂げる。
自分を完全に信頼しているからである。

私は強く、自分の人生を最大限に活かす。
私に限界はない。
燃える情熱を持っているからである。


<経済雑感>
ここ数日は世界同時株安。実は、5月22日、インド株式市場は10%以上も下落、1時間の取引停止となりました。これが引き金となり、インド発世界同時株安になったもようです。
前にインド株の記事で、「現在はバブルの7合目。株価指数は15000がピークではないか」と書きました。結果は、12500で弾けたようです。9合目でした。。これから1年で半分になるでしょう。そこから3年間が勝負で3、4倍になると思います。

2006年05月21日

名言17:ナポレオン・ヒル

「最もよく見られる失敗の原因は、一時的な敗北に過ぎないのに、すぐに願望の維持を諦めることである。成功の裏には敗北がある。大きな成功というものは、人々が敗北感に屈してしばらく経ったときにやってくるものである」

ナポレオン・ヒル ~『思考は現実化する』より~


あまりにも有名な元祖・自己啓発本。もし、あなたが逆境にあるならば、この本をお勧めする。丸ごと一冊名言である。


<今日のひと言>
これが私の人生の最大かつ、最後の計画である。勝つためには、後退するための全ての道を断絶しなければならない。私は必ずやり遂げる

2006年05月20日

願書を入手しました!~1次まであと63日(2次98日)~

富山県の教員採用試験の願書が出ました。正式には教員採用選考検査というそうです。

試験日程は1次試験が7月22日(土)、23日(日)。2次試験が8月26日(土)、27日(日)です。場所は中高の受験生は富山高校です。要綱を見ていて気付いたのですが、1次試験の面接が、昨年の個人面接から集団面接に変わっています(2次に個人面接あり)。

1000人を超える受験生全員に1次で個人面接をするとは凄いと思っていましたが、さすがにやり切れなくなったのでしょう。1次の筆記試験で学力を検査し、2次の面接で人物を検査するのが基本ですが、富山県は、1次・2次ともに筆記・面接を行うスパルタ県です。。

問題の社会人枠についても詳細が出ました。直近10年間に継続して5年以上勤務経験がある方が条件です。これだと転職して4年・3年ではダメなことになります。結構厳しい条件ではないでしょうか。これだと年齢層は上がりますね。20代の受験生は1、2名でしょう。

社会人枠の全国の傾向を見ていると、長野県は3年以上、山形県は継続して5年以上となっています。要項を見ていると長野県はさすが日本一の教育県だと感心。他県は文字だけなのですが、長野県はカラーのパンフレットで、昨年度合格者の声が掲載されています。やるなあ~。長野県の1次試験は7月上旬のため、面接対策で併願しようと思っています。


<今日のひと言>
社会人枠は私のために作られた制度だ。これは神の意思である!

2006年05月17日

教員免許状を申請!~1次まであと66日(2次101日)~

先日、富山県庁に教員免許状の申請に行ってきました。高校の地理歴史科と公民科の2科目です。苦節9年、念願の教員免許状です。卒業証明書と単位修得証明書を持って教育委員会へ行くと、1科目3300円の印紙が必要とのこと。免許状を申請するのもお金がかかります。。

思い返せば学生時代、経済学部から教員免許を取るために他学生の1.5倍の授業を取っていました。特に夏場の試験は大変。1日4、5教科のテストが1週間続くので、まともな試験勉強なんてできません。おかげで成績は並でしたが、取得単位数だけは異常に多かったです。
その後、就職する際には広く社会を知りたいと考えて民間企業を選択しました。教員免許状は教育実習と数科目を残して取得できず。このことが、その後の私の人生を駆り立てるとは!

働いて間も折に触れて、やり残した免許状のことが気になっていました。ですが、会社を辞める訳にもいかず。その後、人生を考える機会があり、「教員免許状を取得しなければ、死ぬときに必ず心残りになる」と考えました。
きっと、他の人には教員免許状はどうでもいいと思います。しかし、私にとっては青春時代のやり残し。人生にやり残しは無い方がいい。そう思い大学で単位を取り、高校で2週間の教育実習もしました。そして、終に目的を達成することができました。万歳!!!

さあ、次は教員採用試験の番です!


<今日のひと言>
この取得した教員免許状を生かせ!この9年間の経験を生かせ!

2006年05月15日

名言16:トーマス・マン

「成功とは、自分の人生を自分の力で動かしている実感があることだ」

トーマス・マン (ノーベル文学賞作家・ ドイツ)

トーマス・マン.jpg
トーマス・マン (1875-1955)
1901年に自身の家族をモチーフとした『ブッデンブローク家の人びと』を発表。1912年には夫人の病気に付き添い、スイスのダヴォスに数週間滞在。この経験を後年『魔の山』として長編小説化。また、1929年に『ブッデンブローク家の人びと』でノーベル文学賞を受賞した。冒頭の一節は、『ブッデンブローク家の人びと』より。


<今日のひと言>
私は、これほど明確なる成功の定義を見たことがない。この言葉を手に入れて、私は人生において必ず成功すると確信した。なぜなら、成功の本質を理解したからだ。自分の力で自分の人生を動かせばよい。

2006年05月13日

小論文の書き方教えます~1次まであと70日(2次105日)~

今日は、東京アカデミーの授業に出るため、金沢に行ってきました。今日は小論文の授業。課題があったので、昨日、うんうん唸りながら書き上げる。テーマは、「自ら学び、自ら考える力を育成するにはどうすればよいか」。文部科学省の掲げている「生きる力」とそれを知の側面で捉えた「確かな学力」がキーワードです。

私が受験する社会人経験枠は、1次試験は筆記の代わりに小論文と面接です(2次は筆記あり)。社会人の小論文は今年が初めてで詳細は分かりませんが、800字(60分)か1200字(90分)だと思われます。テーマは、社会経験かと考えていましたが、アカデミーによると社会経験は面接で扱い、小論文では教育問題ではないかとのこと。フーム。

私も皆さんと同じように小論文が苦手です。実は、もともと2次で小論文があったので、ブログは小論文対策に役立つかも~という気持ちもありました。テストでは記述式も苦手。これはセンター試験の弊害です。やはり、記述式や論文が知性を鍛えます。少子化の現在はセンター試験は廃止した方がよいと思います。

小論文のコツは「型にはめる」ことです。800字の場合、序論(200字)-本論(500字)-結論(100字)とします。序論は背景、定義を書きます。本論は具体論を2つ。結論は教師への熱意で締めます。ちなみに、起承転結は作文の構成。作文は文学的表現が要求されるので「転」で変化させます。ブログのエッセーは、起承転結で書くと読みやすいですよね。


<今日のひと言>
私は教員試験に合格する。いや、合格しなければならない。なぜなら、私を待っている生徒たちがいるからだ!

2006年05月12日

自己実現ブログ!?~夢を叶えるブログ術~

今日は富山はポカポカです。ようやく5月らしくなってきました~
今年は厳冬の影響で、季節が2週間ほど遅れているようですね。
さて、今日からこのブログの内容を一新したいと思います。実は、私にはあるアイディアがありました。それは、自己実現ブログというものです。

これまで、このブログでは新聞風に客観的に幅広い記事を扱ってきました。しかし、以前の記事にも書きましたが、物事を達成する秘訣は資源を集中させることだと思います。そして、普通の人々にとって資源の多くは思考力です。
その方法として、世の自己啓発本では、目標を紙に書いて張り出したり、声に出して読んだりする方法が勧められています。自分の潜在意識に刷り込むためです(私も張り出してみました)。また、他者に公言することによって強制力を持たせる方法もあります。

それなら、ブログを1つのテーマに絞り、目標を公表し、自らに肯定的な言葉を投げかけることによって、自己能力を開発できるのではないかと考えたしだいです。肯定的なコメントを頂くことも効果があるかもしれません。
栄えある第1回目のテーマは、「今夏の富山県の教員採用試験に合格する!」です。この方法によってヤル気が出て、試験に合格できるのか実験してみたいと思います。
これからこのブログは超ヤル気のある言葉のオンパレードになります。気は大丈夫か?と心配になるかもしれませんが、この実験にお付き合いをお願いします!

2006年05月11日

名言15:ジェームス・スキナー

「成功とは、プロセスであり、目的地ではない。真の幸福は到達点から得られるのではなく、そこまでの行き方から得られるのである」

ジェームス・スキナー(『成功の9ステップ』より)



2006年05月09日

中国株・インド株はどう動く その4(完結)

え~、個別株なんて分からないよ~。インド株のために時間を取られたくない!という方は、投資信託になります。信託報酬を毎年2%持っていかれますが、プロがあなたの代わりに継続的に取り組んでくれます。(具体的な投信選びは、前回の参考資料をご参照ください)

日経平均は1961年(現在のインド)の1800円から、バブルの39000円を挟んで30年後(1991年)には27000円と15倍になりました。このことから、インド株価指数も30年後に少なくとも10倍になると予想されます。
株価が半分になろうが、暴動が起ころうが、30年間持っておくのがポイントです
(ちなみに、20年後の1981年は8000円と4倍強。45年後の現在では17000円と10倍弱。30年という数字は統計上の最も有効な投資期間です)

投資信託で30年間投資したときを辛めに計算しました。多くの投資信託は株価指数を下回ります。株価指数が10倍になったとき投資信託の運用は8倍とします。そこから信託報酬2%を30年取られると半分になり4倍です。悲しい。。この間、経済力を反映して2倍のルピア高になったとして最終的な基準価額は8倍。(円も1ドル360円→110円に)
また、これからの30年間、日本の物価は2、3%のインフレで30年後には2倍になるとします。将来の8倍は、現在の物価に直すと4倍です。30年で4倍。微妙です。。

やっぱり、他人任せではダメですね~。投資信託の場合でも、オフショア(海外)で口座を開いて、運用成績が良く、手数料が安い投資信託に投資する必要がありそうです。最近は、サラリーマン投資家でもライブドアのように香港などで口座を開き、投資する人も増えているそう。オフショアについては、前回の参考図書に説明があります。個別株投資にしても投資信託にしても、趣味程度の情熱と労力を投入しないと大成は難しいでしょうね。

一方、中国株に関して、東京オリンピックでの株価の動きを単純に当てはめてみます。すると、現在が頂点であり、これから下降していきます。2006年秋から上昇に転じて、2007年春までに30%上昇。その後、数年間低迷。(そんなにキレイに当てはまらないでしょうが。。)
経済については、オリンピック後の反動不況で長く続いた高度成長が終わると予想。その後、公共投資を中心とした安定成長へ乗せることができるか、胡錦涛国家出席の手腕が試されるでしょう。

中国の鄧小平の改革開放政策が1978年、インドのマンモハン・シンの新経済政策が1991年ですから13年の開きがあります。現在、インドはおよそ10年遅れて中国を追いかけています。このシリーズはこの10年の差に注目し、日本経済の実績をベースに推定したものに過ぎません。未来は誰にも分かりませんので、投資は自己責任でお願いします。

2006年05月08日

中国株・インド株はどう動く その3

問題のインド株。「インド株は日本で買えるか?」。答えは・・・・・買えません!残念!インド政府は、市場の混乱を理由に外国人個人投資家に市場を開放していません。しかし、日本からインド株に投資する方法が3つあります。①インド株投資信託②ADR(米国預託証券)③eワラントです。
②ADRはアメリカのニューヨーク証券取引所に上場されている有価証券の1種で、個別株に近いものです。ソニーやトヨタ自動車などもADRの形でアメリカで上場されています。③eワラントは、オプションと呼ばれる金融商品です。(興味のある方は下の参考資料をご覧ください)

現在のインド株人気は、アメリカの証券会社ゴールドマン・サックスが2003年秋に発表した「BRICsと夢見る-2050年への道」と題するレポートに始まります。BRICsは、ブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字。このレポートでは、日本は2015年に中国、2032年にインドに抜かれるそうです。
ちなみに、2050年のGDPは、1位中国、2位米国、3位インド、大きく離れて4位日本、5位ブラジル。日本は、インドの四分の一。ブラジル並み。。ホントか、がんばれニッポン!

中国も含めて普通の経済発展は、軽工業→重工業→サービス業と移行するのですが、インド経済は、軽工業の代わりにIT産業(サービス業)からスタートした世界経済史上初の国です。このIT産業により1億人の中産階級が生まれたそうです。ここまで来ればしめたもの。後は高度成長の階段を登るだけです。

第1次成長期に日本株は3年で3倍、中国株は2年で5倍になりました。そして、同じく第1次成長期のインド株は既に3年で3倍です。残念。。3年前は3000だったSENSEX指数は今は12000。
パッと見て傾きは緩やかなので、中国に準じて5倍になるとして年末に15000が目安でしょうか。山の7合目まで登った感じ
です。その後は1年で半分になると思われます。。
な~んだ、もう遅いんじゃないの!と思われるかも知れません。しかし、この後、2、3年の低迷後に第2次成長期がやってくるでしょう。これは、日本も中国も通ってきた道。

投資方法は、この低迷期(2007~9年頃)に仕込んでおいて、第2次成長期(2010~12年頃)が来るのを待つというもの。買う銘柄は、日本や中国の第2次成長期に上昇した産業(不動産や金融)で、その業界1位か2位の会社です。会社の詳細はわからないので5銘柄以上に分散します。投資結果は6年間で平均3倍になると予想されます。このあじのインド株投資法はいかがでしょうか?


■参考資料■
インド株について↓
http://indokeizai.com/
中国株について↓
http://stock.searchina.ne.jp/

2006年05月07日

中国株・インド株はどう動く その2

日本の高度成長の日経平均株価について時代順に見てみます。

■第1次高度成長期
1958年は600円(!)だったのが、59年は900円に上昇し、、60年に13000円、61年に18000円と毎年1.5倍づつ上昇し、3年間で3倍になりました(59~61年は、前回の表の②岩戸景気にあたります)。
日経平均株価 1949年~1960年
日経平均株価 1961年~1970年

後ほど述べますが、インド経済はこの段階、昭和30年代です。実は、インド株式市場はこの1年間で2倍になりました。現在も急上昇中です。そして、この3年間で3倍になりました。
インド株価指数(SENSEX)5年チャート

■転換期
その後は、減少に転じて1962年に12000円となり、一度63年4月に16000円を付けますが、12月には12000円に逆戻り。64年10月には東京オリンピックが開催。この上昇分はオリンピック需要によるものでしょう。北京オリンピックと比べる場合には、1年半前に頂点を付けていたことに注目です。

■第2次高度成長期
その後、株価は4年間低迷。1968年から上昇に転じて18000円、69年に23000円、70年に25000円、71年に27000円、72年に52000円を付けます。こちらも4年間で3倍になりました。(71、72年は④いざなぎ景気後に上昇。71年はニクソン・ショック<1ドル360円が308円に>。よく分かりませんが、規制緩和により株式市場が外資に開放されたのかもしれません)
日経平均株価 1971年~1980年

また、中国経済はこの段階、昭和40年代です。中国株式市場はこの1年間で1.5倍。こちらも3年間で3倍になりました。
中国株式指数(香港H株)月足チャート

■ポスト高度成長期
73年のオイルショックで高度成長は終わり、その後5年間、40000円前後で低迷することになります。


次回に続く!

2006年05月04日

中国株・インド株はどう動く その1

今年のGWは、5連休と景気回復の影響から人の出が多いようです。渋滞情報も例年より長い気がします。以下は、少し古いですが、4月の月例経済報告に関するニュースです。

景気拡大期、戦後2番目
「02年2月に始まった景気拡大期は4年3カ月目に入り、戦後2番目に長いバブル景気と並んだ。今後、いざなぎ景気(4年9カ月)を抜くかが焦点。企業部門の好調さが家計部門へ波及、景気回復が続くと見込まれる」
毎日新聞 2006年4月14日

このニュースを聞いて、「え~、そんな実感ないよ~」と思った方も多いでしょう。ここで、いざなぎ景気?という方のために以下にまとめました。

■日本の高度成長期■
1955-57 ①神武景気(31ヵ月)
1959-61 ②岩戸景気(42ヵ月)
1963-64 ③オリンピック景気(24ヵ月)
1965-70 ④いざなぎ景気(57ヵ月)

第1次高度成長期(民間設備投資主導)①②
転換期③
第2次高度成長期(公共投資・輸出主導型)④
※ゴロ合わせで「神戸オリンピックへいざ!」と覚えます(教採の試験に出ます)。

日本経済は戦後最長となるいざなぎ景気で輸出が拡大し、世界第2位の経済大国となりました。この15年間の平均成長率は10%、バブル景気(86年12月~91年2月)は5%に対して、今回の景気拡大期は1.7%です。加えて、デフレ経済のため物価を考慮しない名目成長率は1%以下(02~03年はマイナス)
これでは、なかなか実感できない訳です。地域差もありますが、世間の感覚では去年から景気回復したような感じでしょう。

ここで、高度成長の表に出したのに理由があります。この高度成長の規則性(第1次成長<設備投資>→第2次成長<輸出>)から、話題の中国経済やインド経済は、経済成長期のどの位置にあるのかを考えたいと思ったからです。また、過去の日本株式市場の動きから、中国株式市場、インド株式市場の動きを予想できるかもしれません。
中国株、インド株は上がるのか、下がるのか・・・・

次回へ続く!

2006年05月03日

名言14:ジョン・デューイ

「成功こそがただ一つの道徳の目的であり、成功とは継続・前進・進歩である」

ジョン・デューイ (思想家・教育学者)

ジョン・デューイ (1859-1952)
アメリカのプラグマティズム(経験主義)を代表する学者。教育とは生活であり、人間と環境との相互作用の中で経験を再構築することだと説いた。「なすことによって学ぶ」という経験による学習を重視した新教育運動の基礎を築く。また、戦後の日本の義務教育にも多大な影響を与えた。

2006年05月01日

2年間で年間家賃2000万円!~けーちゃんから学ぶ不動産投資~

なにげに昔の不動産投資について雑誌記事(3年程前のSPA)を見て、ネットを検索していたら「めざせ中金持ち!投資家けーちゃん勝利への道程」なるブログを見つけました。
http://www.indexone.co.jp/blog/1006/

けーちゃんは、僕と同い年で大手損保の高岡支店勤務。ブログの始まった2004年4月から不動産投資を始めて2年間で年間家賃2000万円(富山県アパート3棟、地元名古屋区分1戸の計31戸)のオーナーになったようです。
僕もこの頃に不動産投資に興味を持っており、高岡市(現在は東京転勤)の同い年ということでリアリティを持ってブログを読みました。また、文章と絵がとてもうまく面白かったです!

そのけーちゃんも初めて買ったアパート(小杉町)では家賃滞納に悩まされ、自ら訴状を書き明け渡し請求までしています。次のボロマンション(富山市)も優良物件ではありません。普通ならそこで挫けるのでしょうが、決断と行動によって困難を解決し、3つ目の超優良物件を手にしていく。
始めたばかりは僕と同じ初級レベルだったのが、この2年間で経験を積んで中級レベルと成長していく過程が見事に書かれています。彼の行動力と情熱に敬服。わずか2年でここまで差が出るとは、僕は一体何をしていたのだろうか。

このブログを読んで、アパート経営は不動産投資ではなくビジネスだとわかりました。アパート経営に限らす成功の秘訣は、立ち上げのリスクを小さくし、情熱を継続させ、資源を集中させることなのでしょう。情熱が継続せず、資源を分散させている僕は反省しきりです。。